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七沢 賢治先生
 

七沢 賢治先生
七沢 賢治先生
いま、伝えたいメッセージ


 「言霊の第一人者であり、天皇家の祭祀システムだった白川神道の継承者」(「天皇祭祀を司っていた伯家神道」序文にて)と、船井幸雄先生が紹介する七沢賢治氏。伯家神道(はっけしんとう)とは何か。言霊の第一人者とは・・・と、日本の良さをさまざまに気づかせてくれる七沢氏とは、一体どんな人なのだろうか。



 佐々木重人著の上述の本から、その人となりを紹介したいと思う。


 七沢氏は昭和22年(1947)、甲府生まれ。早い時期から学校の勉強はそっちのけで、文学や哲学の本を読みあさっていたという。特に高校時代に読んだ三島由紀夫の小説「英霊の声」に強い衝撃を受けた。その内容は、木村先生という審神(さにわ)者が主催する「帰神(かむがかり)の会」で、盲目の少年に二・二六事件で散った青年将校の霊をおろし、その霊の思いが切々と語られていくという内容である。
*審神者とは、祭祀を仕切り、神代(かみしろ)が受けた神意を解釈する役割を担う人。


 また、七沢氏は小さい頃から、自分がいつの間にか体から抜け出ていて、あわてて戻るという奇妙なことがしばしばあった。そのような少年期を過ごす中で、16歳のとき、啓示のような直観を受けた。
「宇宙には意思がある」と。


 やがて東京の大学へ。東京にやる条件として、「宗教と哲学だけは専攻しない」というのが父親との約束だったが、当時は学生運動の真っただなか。学生運動でほとんど授業がなかったこともあり、水を得た魚のようにありとあらゆる宗教の門を叩いたという。大学院時代は宗教学を専攻。・・・

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 この頃に「小説すめらみこと」(森佐平著)で、「伯家神道」(はっけしんとう)の存在を知る。“ここに大きな宝があるに違いない”と直感し、かつて伯家神道の調査にかかわった神社本庁の岡田氏、行法を受け継いでいる安見晴子氏、高濱浩氏と出会っていく。特に高濱氏は、自身の定年後に七沢氏に行法を授けることを約束する。

 

 七沢氏は1980年に結婚、1982年に甲府に戻り、奥様の久子さんは医療クリニックを開業。七沢氏は、久子さんともども「おみち」の修行を始める。白川の行法は一般的に「白川神道」、「伯家神道」と呼ばれ、門人たちはその行を「おみち」、「御修行」と呼ぶのだという。 

 

 1982年4月18日、定年となった高濱氏は、約束通り七沢氏の自宅を訪れ、八畳の和室にしめ縄を張り、神殿、神前を設けた。それからおよそ7年間、毎月七沢邸に4、5日滞在して、七沢氏に行を授け、1989年「あなたに、三種を伝授します」と伝える。
その翌月、かねてから体調を崩していた高濱氏は、他界した。

 

 ところで「おみち」とは、どんな意味を持つものなのだろうか。

 

 歴史がはじまって以来、天皇になるということは、天照大御神と一体となることが条件であった。皇太子は「おみち」というお国体修行を通して、国の体になる。「おみち」では、お祓いの言葉を使いながら視覚、嗅覚など五感のどの感覚にも集中しないで、無意で筋肉を動かす運動神経系に刺激が与えられる。そうすることで、宇宙創造の情報とのコミュニケーションが可能になるのだという。

 

 幕末の混乱期に、差し迫った身の危険を感じた孝明天皇は、「おみち」が途絶え、国から祭政一致がなくなってしまうことを恐れ、白川伯王家最後の学頭で審神者である高濱清七郎を京都から離し、身を隠させたのは、そんな意味を持っていたからであった。

 

七沢氏は今、「言霊学」においても第一人者といわれる。

 

 大学院生時代に、国会図書館で小笠原孝次の著作「言霊百神」に出合い、日本語の一音一音を中心にした整然とした世界観に強い衝撃を受け、すぐさま小笠原孝次氏に電話し、その足で自宅を訪ね、その日から毎日のように通って教えをうける。

 

 「言霊」の研究は江戸期に起こり、明治時代になると極端な西欧化の流れの中で、民族主義的な機運が高まり、「言霊」の研究が学問として確立していった。この学問のはじまりは明治天皇と、書道家で神代文字の研究家である山腰弘道氏で、宮中に伝えられる言霊文書から法則を学びとり、研究を始めたと伝えられる。その後、山腰氏の子息、明将氏が引き継ぎ、その後研究を引き継いで独自の境地を拓いたのが小笠原孝次氏であるという。

 

「言霊学」の中心は古事記の解釈で、七沢氏は次のように言っている。


 私たちが普通に接している古事記は、江戸期の国学が生まれて以来の解釈で、端的に言うと、古事記には「言葉が神である」というメッセージが設立期から隠してある。ものすごい直感を持った人が、言葉が神だということを実感し、それを五十音に並べて、それを残すために、古事記に編みこんだに違いありません。



 七沢氏が、著者佐々木重人氏の「生きている目的とは何ですか」の質問に答えた文のなかに、次の言葉がある。


 高濱浩先生は、最初に言いました。「あなた、神をこの手で掴みたいですか?」と。私は、ああ!いいなと思って、「はい、掴みたいです。」と答えて、それから御修行が始まりました。
 自分で神を掴まないと信仰になってしまいます。お拝んじゃ駄目なんです。祈ってすがるんじゃなくて、決意を表明して、神の働きのひとつになるためにご加勢くださいという姿勢です。


 日本がもつ、汲んでも汲んでも尽きない豊かな泉が、七沢氏の研究と、そこで知る書籍や行から、学んでいくことができそうだ。

 

 

プロフィール


1947年甲府市生まれ。早稲田大学卒業。大正大学大学院文学研究博士課程修了(宗教学)。
株式会社七沢研究所代表取締役。白川学館主宰。医療・民間医療研究者、形而上学・哲学研究者、知識及び言語研究者、神道及び世界の宗教研究者。言語エネルギー発生装置のクイントエッセンスシステム開発者。知識の模式化(ナレッジモデリング)を土台とした情報処理システムの開発者。
白川伯王家に古代から伝えられてきた宮中祭祀の伝承者。

 

関連ホームページ

株式会社七沢研究所  http://www.nanasawa.com



関連著書

 

 

 

 

 
 
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